「最近、スマホの文字を少し離さないと見えにくい」
「メニューや本の細かい字がかすむ」
「暗い場所だと、特に手元にピントが合わない」
「近くを見た後、遠くを見ると一瞬ぼやける」
40歳を過ぎた頃から、このような症状に心当たりはありませんか?それは、誰にでも訪れる目のはたらきの変化、「老眼」、医学的には「老視」と呼ばれる状態のサインかもしれません。
「老眼」と聞くと、少しネガティブな響きに聞こえるかもしれませんが、ご安心ください。老眼は病気ではなく、髪の毛に白髪が増えたり、肌のハリが変化したりするのと同じ、加齢に伴うごく自然な生理現象です。そして、現代ではその不便さを解消するための様々な選択肢があります。
この記事では、手元の見えにくさを感じ始めた患者さんに向けて、眼科専門医の立場から以下の内容を分かりやすく解説していきます。
- 老眼がなぜ起こるのか?目のピント調節の仕組み
- よく混同される「遠視」との根本的な違い
- これって老眼?具体的な症状セルフチェック
- 老眼鏡からコンタクト、手術まで、最新の老眼対処法
この記事を最後までお読みいただくことで、老眼への正しい知識が身につき、ご自身のライフスタイルに合った快適な「見え方」を見つけるための第一歩となります。もう見えにくさを我慢する必要はありません。
老眼(老視)とは?
老眼とは、目のピント調節機能が年齢とともに衰え、近くのものにピントが合わせにくくなる状態を指します。私たちの目には、カメラのオートフォーカス機能のように、見るものとの距離に応じて瞬時にピントを合わせる素晴らしい仕組みが備わっています。
このピント調節で中心的な役割を担っているのが、目の中にある「水晶体」というレンズと、それを支える「毛様体筋」という筋肉です。
- 遠くを見るとき:毛様体筋はリラックスし、水晶体は薄い状態です。
- 近くを見るとき:毛様体筋が緊張して収縮し、水晶体を厚く膨らませることで、近くにピントを合わせます。
若い頃は、この水晶体が非常に柔らかく弾力性があるため、毛様体筋の働きでスムーズに厚みを変えることができます。しかし、年齢を重ねると、水晶体は徐々に硬くなり、弾力性を失っていきます。そのため、毛様体筋がいくら頑張って収縮しても、水晶体が十分に厚くならず、結果として近くにピントが合わなくなってしまうのです。これが老眼の正体です。
老眼と遠視は全くの別物です
「老眼も遠視も、凸レンズのメガネをかけるから同じようなものでは?」と思われがちですが、原因も状態も全く異なります。これは非常に重要なポイントです。
老眼(老視) | 遠視 | |
---|---|---|
原因 | 加齢による水晶体の硬化 (ピント調節機能の衰え) | 眼球の形状の問題 (眼軸長が短いなど)による屈折異常 |
発症時期 | 主に40代以降に自覚し始める | 生まれつきであることが多い |
見え方の特徴 | 手元が見えにくくなる (遠くの見え方は変わらない ※) | 遠くも近くもピントを合わせるのに 努力が必要で、特に手元は疲れやすい |
※もともと近視の人は、老眼になってもメガネを外せば手元が見えることがあります。しかし、遠視だった人が老眼になると、遠くも近くも見えにくくなり、より不便を感じやすくなります。
これって老眼?具体的な症状セルフチェック
老眼は、ある日突然始まるわけではなく、少しずつ進行します。
以下のようなサインに気づいたら、老眼が始まっている可能性があります。
- 新聞や本の文字が、以前より見えにくくなった
- スマートフォンを顔から離して見るようになった
- 薄暗い場所(レストランのメニューなど)では特に文字が読みにくい
- 細かい作業(針に糸を通す、爪を切るなど)が億劫になった
- 長時間パソコンや読書をすると、目が疲れたり、頭痛や肩こりがしたりする
- 近くのものから遠くのものへ、またはその逆へ視線を移した時に、ピントが合うまで時間がかかる
これらの症状は、ピントを合わせようと目の筋肉(毛様体筋)を過剰に働かせているために起こる「眼精疲労」のサインでもあります。
我慢は禁物!老眼の様々な対処法・治療法
「まだ老眼鏡はかけたくない」と我慢してしまう方もいますが、見えにくい状態を放置すると、慢性的な眼精疲労や体調不良につながることも。ご自身のライフスタイルに合わせて、快適な解決策を選びましょう。
1. 老眼鏡
手元を見るときだけ使用する、最も手軽な方法です。100円ショップなどでも購入できますが、左右の度数が違ったり、乱視が入っていたりする場合もあるため、眼科でしっかりと検査を受け、ご自身の目に合った正確な度数のメガネを作ることを強くお勧めします。
2. 遠近両用メガネ
1枚のレンズに、遠くを見るための度数と近くを見るための度数が入っているメガネです。メガネをかけたり外したりする手間がなく、遠くも近くも自然に見ることができます。もともと近視や遠視、乱視がある方には第一の選択肢となります。
3. 遠近両用コンタクトレンズ
メガネと同じように、1枚のレンズに遠用と近用の度数が入ったコンタクトレンズです。「メガネの見た目が気になる」「スポーツをする」といった方にお勧めです。様々なタイプがあり、見え方には個人差があるため、眼科でのフィッティングと試し装用が欠かせません。

4. 白内障手術による治療
よりアクティブなライフスタイルを求める方や、メガネ・コンタクトの煩わしさから解放されたい方向けの選択肢です。
- 多焦点眼内レンズを用いた白内障手術: 老眼を感じ始める年代は、白内障が進行し始める年代でもあります。白内障手術では、濁った水晶体を取り除き、人工の「眼内レンズ」を挿入しますが、この時に「多焦点眼内レンズ」を選択することで、白内障と同時に老眼も治療することが可能です。多焦点眼内レンズは、遠くと近く(あるいは中間距離も)の両方にピントが合うように設計されており、手術後はメガネへの依存度を大幅に減らすことができます。
※手術には適応があり、メリット・デメリットを十分に理解した上で決定する必要があります。詳しくは専門医にご相談ください。

まとめ:老眼は、見え方を見直す良い機会です
老眼は、避けることのできない自然な変化ですが、決して悲観する必要はありません。むしろ、ご自身の目の状態と向き合い、より快適な視覚環境を整える良い機会と捉えることができます。
【この記事のポイント】
- 老眼は、病気ではなく誰にでも起こる自然な老化現象。
- 原因は、水晶体の硬化によるピント調節力の低下。
- 遠視とは原因が全く異なる。
- 我慢すると眼精疲労や体調不良の原因になる。
- 老眼鏡、遠近両用メガネ・コンタクト、多焦点眼内レンズなど、解決策は豊富にある。
「手元が見えにくい」と感じ始めたら、それは眼科を受診するサインです。老眼だと思っていても、緑内障や加齢黄斑変性など、他の病気が隠れている可能性も否定できません。40歳を過ぎたら、何も症状がなくても一度は眼科で詳しい検査を受けることをお勧めします。
当院では、患者さん一人ひとりの目の状態やライフスタイルを丁寧にお伺いし、最適な老眼との付き合い方をご提案いたします。どうぞお気軽にご相談ください。
老眼(老視) よくあるご質問(Q&A)
40歳を過ぎた頃から「スマートフォンの文字が読みにくい」「手元にピントが合いにくい」と感じることはありませんか?}それは「老眼(専門的には老視)」のサインかもしれません。老眼は、誰にでも起こる自然な身体の変化です。
ここでは、患者さんからよくいただくご質問とその回答をまとめました。
そもそも老眼とは何ですか?なぜ、何歳くらいから始まるのですか?
老眼とは、加齢によって眼のピント調節機能が衰え、近くのものが見えにくくなる状態のことです。私たちの眼の中には、カメラのレンズの役割をする「水晶体」という組織があります。若い頃はこの水晶体が柔らかく、近くを見るときは「毛様体筋」という筋肉の働きで厚みを変え、ピントを合わせています。
しかし、年齢とともに水晶体は硬くなり、毛様体筋の力も弱まるため、ピントを合わせる能力が徐々に低下してしまうのです。これは、髪が白くなったり、肌のハリが失われたりするのと同じ、自然な老化現象の一種です。一般的に、40代前半から症状を自覚し始め、40代半ばにかけて「見えにくさ」をはっきりと感じるようになる方が多いです。
老眼になると、どのような症状が出ますか?「スマホ老眼」とは違うのですか?
老眼の代表的な症状には、以下のようなものがあります。
- 近くの細かい文字が読みにくい:本やスマートフォンの画面を目から離さないとピントが合わない。
- 手元の作業を続けると疲れる:読書やPC作業の後に、目の疲れや頭痛、肩こりを感じる。
- ピントの切り替えが遅くなる:遠くから近く、近くから遠くへ視線を移したときに、ピントが合うまでに時間がかかる。
- 薄暗い場所だと、より見えにくい:夕方や少し暗い室内で、特に手元が見づらくなる。
一方、「スマホ老眼」は、スマートフォンなどを長時間見続けることで毛様体筋が凝り固まり、一時的にピント調節機能が低下する状態を指します。若い人にも起こる眼精疲労の一種であり、十分な休息で改善します。対して、加齢による「老眼」は、水晶体の硬化という物理的な変化のため、休息しても元には戻りません。
老眼になったら、どうすれば良いですか?治療法はありますか?
老眼は病気ではなく、加齢に伴う生理的な変化ですので、トレーニングやサプリメントで「治す」ことはできません。しかし、適切な方法で「矯正」することで、若い頃のような快適な見え方を取り戻すことは可能です。
最も一般的な対策は、ご自身の眼の状態に合った「老眼鏡(近用眼鏡)」を使用することです。また、もともと近視や乱視で眼鏡をお使いの方には、1本で遠くも近くも見える「遠近両用メガネ」が便利です。コンタクトレンズをお使いの方にも、同様に「遠近両用コンタクトレンズ」があります。最近では、白内障手術の際に、老眼にも対応できる「多焦点眼内レンズ」を選択する方法もあります。どのような方法が最適か、患者さんのライフスタイルに合わせてご提案しますので、ご相談ください。
私は近視ですが、老眼になりますか?「近視の人は老眼にならない」は本当ですか?
「近視の人は老眼にならない」というのは、よくある誤解です。老眼は、前述の通り眼のピント調節機能の衰えによって起こるため、近視や遠視、乱視に関わらず、誰にでも起こります。
ではなぜ、このような誤解が生まれたのでしょうか。近視の人は、もともと近くにピントが合っている状態です。そのため、普段かけている遠く用のメガネを外せば、手元が見やすくなります。この「メガネを外す」という行為で対応できるため、老眼の症状を自覚するのが遅くなる傾向があるのです。しかし、ピント調節機能そのものは衰えているため、老眼は確実に進行しています。やがては、遠く用のメガネ、近く用のメガネ、と複数本の眼鏡が必要になるなど、かえって不便を感じる場面も出てきます。
老眼鏡はいつから使うべきですか?かけると老眼が進むと聞きましたが…。
緑内障になりやすい危険因子として、いくつか知られているものがあります。
老眼鏡を使い始めるのに最適なタイミングは、「手元の見えにくさによって、日常生活に不便や疲れを感じ始めたとき」です。見えにくい状態を我慢して無理にピントを合わせようとすると、眼精疲労が蓄積し、頭痛や肩こり、吐き気といった全身の不調につながることもあります。我慢することにメリットはありません。老眼鏡は、その負担を軽減し、快適な生活をサポートしてくれる便利な道具です。
また、「老眼鏡をかけると、かえって老眼が進んでしまう」というのも、大きな誤解です。老眼は、老眼鏡をかけてもかけなくても、年齢とともに等しく進行していきます。老眼鏡の使用が、進行を早めることは決してありません。むしろ、ご自身の眼に合っていない市販の老眼鏡を使い続けたり、我慢し続けたりする方が、眼に余計な負担をかけてしまいます。眼科で正確な検査を受け、ご自身に合った眼鏡を適切に使うことが大切です。